48歳にして働く事を放棄した永田さんは、それから12年遊んで暮らす事となる。趣味であるゴルフに明け暮れ、失った日々を取り戻そうと子どもを連れて旅に出かけた。ところが『ボンベイ』 のファンは、いつまでもそっとしておいてはくれなかった。
「『お金を払うから、もう一度あの料理を作ってくれ』って言われたの。一緒にゴルフを回った人に『どっかで聞いた声だよな、永田さん、何かやってた?』『うん、ボンベイって言って・・・』『あ!そうだ!ボンベイ!学生時代によく食べに行った』ってこともあった。そうか、喫茶店でもやってみようかな、と思うようになった」
※管理人から余計な一言
この頃に私は永田さんと仕事でお付き合いをするようになったのです。もう少し時間がたってから営業をすると思っていましたが、決まったら早かったですね。。
2009年、永田さんは生まれ育った自宅を改装し、ひっそりと「ボンベイ庵」を始めた。完全予約制の喫茶店、カレーはあくまでもおまけのつもりだったが、「ボンベイ」復活の噂は瞬く間に広まった。
「コーヒーをゆっくり飲んでもらいたいと思って始めたのが、どうも違うよなって感じになった。『肴町のときの味なんですか?』とか、『スピニッチマトンをやってくれませんか?』とか、『大根ピクルスありますか?』とか・・・・・・」
かつて肴町の空に立ち、客を出迎えていた木彫りのゾウは、今、小高い丘の斜面に店を構える『ボンベイ庵』の入り口にいる。店の再開を待ちわびていたファンは、それぞれの思い出をなぞりに訪れる。
「今、すごいハッピーだよ。俺がお客さんにお礼を言わなきゃいかんのに、みんな『ありがとう』って言って帰ってくれる。ここのボンベイ庵からの眺めは自分が幼い頃から見てきた景色だから、死ぬまではこの景色を見ていたい」
週4日の営業の合間に永田さんは暇を見つけては雑木林の手入れを続けている。おかげでバルコニーからの見晴らしは見違えるほど良くなった。
「俺は結局インド料理をやるしか脳が無い男なんだ。格好いい事言ったって、カレーの周辺をぐるぐる回って生きていくしかない弱い人間なんです。カレー馬鹿。死ぬまでインド料理と一緒にいるしかないんだよね」
※カレーとの出会いから現在までの章 完
めぐる文庫「インド料理をめぐる冒険」
「ボンベイ庵」永田明史より引用